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死について――最後まで残る人生のテーマ

   ↑  2012/02/01 (水)  カテゴリー: 哲学
皆さんは、自分が死んだらどうなると思いますか? いろいろな考え方がありますが、下記の2つに大きく分かれると思います。
  1. 天国や死後の世界がある。あるいは、そういうものがなくとも、何らかの形で意識は残る。
  2. 全くの無になる。意識というものも存在しない。
どちらかというと、1を選ぶ方が多いのではないでしょうか。生まれ変わりを信じたり、亡くなった親しい人が自分を天国から見ているのだと信じたりする方が多いことからも、そう想像できます。
私も以前は漠然と1の考えでした。いや、私が今まで信仰した2つの宗教に熱心だった頃は、それぞれの教えが示す形での、死後の世界を信じていました。

しかし、どうもそれは、死の本当の姿を知ることの怖さから逃れるために人が作り出した、想像の産物ではないのかという疑問が、いつの頃からか頭を支配するようになりました。薄々感じていたのです。本当は2ではないかと。

私たちの心は体調により簡単に左右されます。また、鬱病などの精神病は、脳の神経伝達物質の働きが正常でなくなることが直接的な原因とも言われています。つまり、私の心、私の意識は、その入れ物である体、さらに限定すれば脳なくしては、維持できないのではと思えてきたのです。
「心や意識は、単に脳細胞間で発生する複雑な電気信号のやりとりの結果にすぎない」と主張したいわけではありません。科学では生命の働きを詳しく調べることはできても、なぜ「意思」を持った生命が存在しえるのかは説明ができないと思っています。この件については今後、機会があれば書こうと思います。

科学で説明できない生命の不思議はあるにしろ、どうも脳が心の入れ物であることは確からしい、ならばその脳が死んで機能しなくなったり、燃やされて分子がばらばらになった時、私の心つまり意識は、なお存在し続けることができるのかと考えたとき、現時点では、考えれば考えるほど、それは不可能だ、心は無になるという答えに行き着くのです。
これは、現時点での私の考えですので、今後変わるかもしれません。

こうして私は2の、死んだら無になるという考えを持つようになりました。
するとどうでしょう、今まで漠然と信じていた、死後も意識が残るという考えから来る、これまた漠然とした安心感の外に放り出されて、奈落の底に突き落とされたような恐怖感が襲ってこないでしょうか。私は襲ってきました。
死ぬことが怖いのではありません。死んで無になることが怖いのです。死ぬときの痛みや苦しみも怖いかもしれませんが、それよりも、死んだらそういった痛みや苦しみを感じる「私」自身がなくなる、そのことが怖いのです。
地獄で苦しみ続ける方が、ある意味マシかもしれません。私という存在がなくならないのですから。

私は、生まれる前も無でした。何十億年もの間、私の心や意識は存在しませんでした。それが36年前に突如として生を受けて「私」が存在するようになったのですが、生まれる前の無を私は怖かったとか不幸だったとは特に思いません。もう少し早く生まれていれば、坂本龍馬と会えたかもしれない、とは思いますが、その程度です。
そして、あと100年もせずに私は再び無になり、何十億年もずっと生き返らず無のままなのですが、なぜかこれはとてつもなく怖い。ずっと生まれなければこういう思いをもたなくて済んだのですが、生まれてしまったのです。
わずか100年にも満たない間ですが、「私」という存在を与えられてしまったのです。

こう考えると、人生で一番のテーマが、死ではないかと思えてくるのです。「どうせ死ぬのだから生きている間の他の事は重要ではない」と言っているのではありません。人生には、他者とは何か、愛とは何か、などたくさんの哲学的テーマがあふれています。仕事や遊びにしても、無意識に機械的にしているのでなければ、そこには多くの意味があるでしょう。
そういったいろいろなテーマに取り組みながらも、一番最後まで解決せずに残るもの、それが死ではないでしょうか。

長くなりましたが、私がなぜ死について繰り返し考えるようになったのかを、書いてみました。
機会がありましたら、また死をテーマにした記事を、書いてみたいと思います。
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